大判例

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新潟地方裁判所 昭和49年(わ)501号 判決

主文

被告人三名をそれぞれ禁錮一年に処する。

被告人三名に対し、この裁判確定の日からいずれも二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、その三分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

第一、本件爆発事故

昭和四八年一〇月二八日午後三時三二分ころ、信越化学工業株式会社直江津工場の第二工場(工場長・被告人刀祢館正之)において、同工場合成第一課(課長・被告人阿部良治)に所属する被告人岩﨑勇が塩化ビニルモノマーの製造工程に設置されている粗VCタンクに続くストレーナーの清掃作業中、ストレーナー吸入弁が破損したため右粗VCタンク内に滞留していた約四トンの液化塩ビモノマーが右ストレーナーの開口部より噴出、気化し、火源に触れて大爆発を起こし、その結果、後記認定のような被害が発生した。

一、本件事故当時における信越化学工業株式会社直江津工場の概況

信越化学工業株式会社(以下信越化学という)は、東京都千代田区大手町二丁目六番一号に本社をおき、新潟県直江津ほか四か所に工場を有して塩化ビニル製品及び窒素肥料等の生産・販売を目的とする資本金一〇四億二、四四〇万円の化学製品製造業者であり、信越化学直江津工場は、直江津臨海工業地域の北端にあたる新潟県中頸城郡頸城村大字西福島二八番地の一に敷地約五四万平方メートルを擁し、無機化学製品製造部門として石灰窒素、カーバイド等を生産する第一工場及び有機化学製品製造部門として塩化ビニル、酢酸ビニル等を生産する第二工場を中心とし、他に庶務、人事等を担当する管理第一部、環境保安、原動力の供給管理等を担当する管理第二部及び本社工務本部に直属する直江津事業所から成り、直江津工場長(総工場長)、次長、部長(第一工場長、第二工場長、管理第一部長、管理第二部長が該当)、部次長、課長、係長、係長代理、作業長、組長、作業員と続く職制のもとに前記の各製品を製造していた。

本件事故の発生した第二工場は、総括課、合成第一、第二、第三課、セルロース課、ガス課、技術総括課、開発室及び分析室の七課二室から成り、このうち、合成第一課は、昭和三二年以来アセチレンと塩酸から塩化ビニルモノマー(以下塩ビモノマーという)及び塩化ビニルポリマー(以下塩ビポリマーという)を製造していたが、同四五年に至り、茨城県鹿島に鹿島石油化学コンビナートの一環として塩素とエチレンから塩ビモノマー及び塩ビポリマーを製造する新鋭の鹿島工場が建設されたのちは、本社の事業方針として製品コストが大幅に安価な右鹿島工場に力を注ぐようになり、直江津工場第二工場合成第一課から多数の熟練工が鹿島工場に配置替えされたため、必ずしも十分とはいえない人員を遣り繰りして操業していた。

ところで、直江津工場は、高圧の液化塩ビモノマー等の製造施設を有するため、高圧ガス取締法の適用を受け、同法による第一種製造者に指定され、同法をはじめとする諸法令の規制を受けているところから、同工場としては、右高圧ガス取締法に基づき高圧ガス関係危害予防規程を、又就業規則に基づき工場環境保安規則をそれぞれ定め、それらに定められた工場保安管理組織はほぼ職制と一致するように構成されていた。

二、被告人らの経歴及び職責

(一)  被告人刀祢館

被告人刀祢館は、昭和二五年東京大学工学部応用化学科を卒業して信越化学に入社し、本社、磯部工場、武生工場で主に燐酸肥料・メチルセルロースの研究・販売及び技術サービスに従事し、同四五年一〇月直江津工場第二工場開発室長となり、同四七年四月第二工場次長となった後、同四八年二月一五日前記の第二工場長に就任し、竹中活彦直江津工場長の命を受け、第二工場の業務を掌理し、部下を指揮監督する職責を有していた。

同被告人は、前記高圧ガス関係危害予防規程に基づき第二工場における保安責任者とされ、最高保安責任者(当時この地位にある者が誰であるかは、工場内部においても明らかでなかった。)の指示を受け、法令及び規則・規程に基づき第二工場内の高圧ガスに関する危害を予防する責任が課せられ、それに必要な措置を行う権限が与えられていた。

また、同被告人は、労働安全衛生法一一条に基づき第二工場の安全管理者に、前記の工場環境保安規則に基づき第二工場の環境保安管理者にそれぞれ選任されており、これらの面でも第二工場における安全管理、環境保安について最終的に責任を負うべき地位にあったものである。

(二)  被告人阿部

被告人阿部は、昭和三二年名古屋大学工学部応用化学科を卒業して信越化学に入社し、本社勤務を二、三年経験したほかは主として直江津工場において塩化ビニルの製造業務に従事していたものであり、同四六年三月第二工場合成第一課課長に就任し、第二工場長である被告人刀祢館の命を受けて課内の業務を掌理し、部下を指揮監督する職責を有していた。

同被告人は、高圧ガス取締法にいう高圧ガス作業主任者に選任されるとともに、前記高圧ガス関係危害予防規程に基づき合成第一課内における作業主任者とされ、保安責任者である被告人刀祢館の指示を受け、担当の範囲内において法令及び規則・規程を確実に実施せしめるための監督を行う責任が課せられ、それに必要な措置を行う権限が与えられていた。

また、同被告人は前記工場環境保安規則により、合成第一課の環境保安管理者にも選任されていた。

(三)  被告人岩﨑

被告人岩﨑は、昭和三二年新潟県立直江津高校を卒業し、国鉄直江津機関区等に勤務した後、同三六年二月信越化学に臨時工として入社し、同三九年一〇月本採用となったものであるが、入社以来もっぱら合成第一課モノマー工場勤務を続け、その職務は塩ビモノマー製造施設の運転・保守・点検作業であった。

三、塩化ビニル製造工程

天然ガスから製造したアセチレンと岩塩を電気分解して製造した塩酸とを気化混合したうえ触媒を用いて反応させると、ガス状の粗製塩ビモノマーが合成される。これを水洗し、中和して残留塩酸を除去し、脱湿塔及び乾燥塔を通して水分を除去したのち一平方センチメートル当り平均六キログラムの圧力をかけて圧縮・冷却して液化させたうえ粗VCタンク(円筒形容積三〇立方メートル、VCとは塩化ビニルVINYLCHLORIDEの略称である。)に送り、さらにそこからストレーナー(防塵装置)を通過させて混在する固型不純物を除去し、脱アセチレン塔でアセチレンを除き、精溜塔で気化させ高沸点不純物を分離して精溜したのち、再び圧縮液化してできた精製塩ビモノマーを精VCタンク(球形容積二〇〇立方メートル)に貯蔵し、重合工場の需要に応じて送液する。重合工場では、モノマー工場から送られた塩ビモノマーを水と混合し加熱攪拌してペースト状の塩ビポリマーにし、更に乾燥工場で粉末状に乾燥させて製品とする。

四、塩化ビニルモノマーの性質

塩ビモノマーは、一単位の分子(CH2CHCl)から成り立ち、常温常圧で空気比重二・一五の無色の気体であり、空気中に四ないし二一・七パーセント混入すると爆発混合気となり、火源に触れると爆発を起こす性質がある。これを吸引すると意識の混濁をきたす微甘味臭の麻酔性を有する有毒ガスで、融点は摂氏零下一五三・七度、沸点は摂氏零下一三・八度、引火点は摂氏零下七八度、自然発火点は摂氏四七二度である。

五、粗VCタンク及びその付近の配管並びにストレーナー

粗VCタンクは、直径一・九メートル、長さ一一・二メートル、容積三〇立方メートル(粗VCにして約二八トン)の円筒形タンクで、南北方向に露天の状態で横置きに設置されており、その北端には南北約二・四五メートル、東西約三・三メートル、深さ約八三センチメートルに掘り下げられたピットと称する升がある。

粗VCタンク北端下部からピット内へ垂直にパイプが接続され、そのパイプは水平方向に二股に分かれて二系列となり、それぞれ粗VCタンク出口から約七四センチメートル離れた別個のストレーナー吸入弁(八〇ミリメートル玉型弁)を経て各個のストレーナーに続き、ケミポンプ(液化塩ビモノマーを脱アセチレン塔へ押し上げるためのもの)を通り、吐出弁(八〇ミリメートル玉型弁)を経て再び合流し、脱アセチレン塔に続いている。なお、本件事故当時は、一方のストレーナー及びケミポンプが故障して取り外されていたためその系列が閉止され、一系列のみが使用されていた。

ストレーナーは、内径二四センチメートル、高さ六四センチメートルの円筒形鋼製の容器で、内部には内径一八センチメートル、高さ四四センチメートルの円筒形金網のろ過籠があり、粗VCタンクから脱アセチレン塔に送られる液化塩ビモノマー中に混在するスケール(塩ビモノマーが自然重合してポリマー化した屑や配管内の錆などの固型不純物)を除去するための装置であり、吸入弁及び吐出弁は、後記のストレーナー点検・清掃作業の際、ストレーナーの蓋を開くために、その前後を密閉して液化塩ビモノマーの流れを閉止する機能を有する。(なお、別紙図面一及び別紙図面二参照)

六、ストレーナー点検・清掃作業

前記ストレーナーのろ過籠はスケールによって目づまりを起こしやすいため、直江津工場では毎月八日、一八日及び二八日の三回点検・清掃作業を行うよう定めていたが、その作業手順は以下のとおりであった。すなわち、ストレーナーの前後にある前記の吸入弁及び吐出弁を閉止し、その間を密閉した後、ストレーナーの蓋に取り付けられたパージ弁にゴムホースをつないでガス回収弁と接続させ、ストレーナーを含む右吸入弁と吐出弁の間に留まった液化塩ビモノマーをガスホルダーに気化気散させて回収する。これは、塩ビモノマーが大気と混合するのを避けるためであり、その際、液化塩ビモノマーの気化に伴い周囲の熱を大量に奪うため、ストレーナー外壁の周囲には大気中の水蒸気が霜となって付着する。右の塩ビモノマーの回収が完全に終るとその霜が解けるので、それを待ってストレーナーの蓋を開け、内部のろ過籠を取り出して清掃するかあるいは清掃済みのろ過籠と交換して再び装着し、ストレーナーの蓋を閉めたうえ、吸入弁を若干開いて内部の空気をパージ弁から大気中に放出することにより液化塩ビモノマーと置換したのち吸入弁及び吐出弁を元どおり全開にして作業を終了する。

第二、罪となるべき事実

被告人刀祢館正之は、前記のとおり、信越化学直江津工場第二工場長として塩化ビニル製造等の業務を掌理し部下を指揮監督するとともに、第二工場における保安責任者、安全管理者及び環境保安管理者として同工場の高圧ガスに関する危害を予防する責任を有し、安全を管理する業務に従事していた者、被告人阿部良治は、前記のとおり、右第二工場合成第一課課長として塩化ビニル製造業務を掌理し部下を指揮監督するとともに、合成第一課内における作業主任者及び環境保安管理者として合成第一課内の高圧ガスによる危害を予防する責任を有し、安全を管理する業務に従事していた者、被告人岩﨑勇は、前記のとおり、右合成第一課モノマー工場作業員として塩ビモノマーの製造業務に携り、モノマー工場の化学設備の運転・保守・点検業務に従事していた者であるところ、前示のとおり、第二工場合成第一課における塩ビモノマー製造の過程においては、粗VCタンクに続くストレーナーの点検・清掃作業を一〇日に一度の頻度で行わなければならず、その際、右ストレーナーの吸入弁の弁座に損傷をきたして液化塩ビモノマーが漏出することがあり、また、作業員が右吸入弁を開閉するにあたっては、そのハンドル部分に鉄製ハンドル回しを掛けて作業をするのが常であり、ハンドル回しの使い方いかんによっては鋳鉄製の右吸入弁を破損し、その結果、右粗VCタンク内に常時滞留し、一平方センチメートル当り平均六キログラムの高圧を有する数トンの液化塩ビモノマーが右吸入弁から大気中に噴出、気化し、空気と混合して着火爆発する危険が存したのであるから、

一、被告人刀祢館及び同阿部は、前記の各職責を有する者として、右粗VCタンクとストレーナー吸入弁の間の配管に安全用のバルブ等を設け、吸入弁が破損してもこれを閉じることにより粗VCタンクからの液化塩ビモノマーの噴出を防止できるような措置を講じ、また、日頃から部下作業員に対し、ストレーナー点検・清掃作業の際に吸入弁から液化塩ビモノマーが漏出しているのを発見し、作業員として通常の応急措置を講じてもなお漏出が止まらない場合には、ストレーナーの蓋を閉じたうえ上司にこれを報告し、その対策について指示を受けること並びに作業に使用するハンドル回しの大きさの選定及び使用方法などにつき適切な指導と十分な安全教育を行い、もって、液化塩ビモノマーの噴出による爆発事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、粗VCタンクの出口とストレーナー吸入弁との間の配管に前記の安全用バルブ等を設置しなかったうえ、作業員に対し、ストレーナー点検・清掃作業中における吸入弁からの液化塩ビモノマー漏出時の措置並びに作業に使用すべきハンドル回しの大きさの選定及び使用方法につき何ら指導・教育を行わないまま、昭和四八年一〇月二八日、被告人、岩﨑をしてストレーナーの点検・清掃作業を実施させた過失により、

二、被告人岩﨑は、同日午後二時五五分ころ、作業員佐賀袈裟美とともに前記ストレーナーの点検・清掃作業を開始したが、塩ビモノマー製造設備の運転・保守・点検業務に従事する作業員として、右作業実施にあたっては工場制定の「安全標準動作」に定められた手順に従い、ストレーナー内部に液化塩ビモノマーがなくなった後でなければストレーナーの蓋を開けないようにし、また、作業中、吸入弁から液化塩ビモノマーが漏出しているのを発見して長さ約三〇センチメートルのハンドル回し(別紙図面三参照)で増締めした際、通常用いている右のハンドル回しではハンドルが全く動かず、漏出が止まらなかったのであるから、直ちにストレーナーの蓋を閉めて上司である組長に報告しその指示を得て対策を講じ、さらに、吸入弁の増締めにあたっては適切な大きさのハンドル回しを用い、バルブに過大な力が加わってこれを破損することのないよう慎重に増締めを行い、もって、吸入弁の破損に起因する液化塩ビモノマーの噴出による爆発事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、ストレーナー点検・清掃作業による精VC生産の一時停止状態を早く解消しようと考え、また終業時間が近づいていたこともあって作業を急ぐあまり、吸入弁等を閉止したのち未だストレーナー内部の液化塩ビモノマーがガスホルダーに回収されつくさず、多量に残存していたにもかかわらず、その蓋を開け、また吸入弁からストレーナー内に液化塩ビモノマーが漏出しているのを発見して長さ約三〇センチメートルの前記ハンドル回しで増締めをした際、ハンドルは全く動かずなお漏出が止まらなかったにもかかわらず、直ちにストレーナーの蓋を閉めて組長に報告する措置をとらず、さらに、右漏出が吸入弁の弁座に損傷をきたしてバルブとしての閉止機能を失っていることによるものであるのに、これを弁座に異物が挾まったことによるものと軽信し、同日午後三時二〇分ころ、ストレーナーの蓋を開いたまま、八〇ミリメートル吸入弁を締めるには不当に大きい長さ約五五・五センチメートルの鉄製ハンドル回し(別紙図面三参照)を吸入弁のハンドルに掛け、右手で右ハンドル回しの端を握って中腰となり、強い力で増締めしたため、吸入弁のヨーク部分に過大な力が加わって同部分を破断させた過失により

右ヨーク部分の破断した吸入弁がバルブの機能を失って全開の状態となり、粗VCタンク内の約四トンの液化塩ビモノマーをストレーナーの開口部から大気中に噴出させ、これが気化して爆発混合気となり、同日午後三時三二分ころ、合成第一課ポリマー工場の触媒室にある電気冷凍機の温度調節装置に出ているリレー火花によって着火爆発するに至らせ、よって、右爆発に伴う高熱及び爆風等の衝撃により、右モノマー工場内で作業中の田中努(当時四一年)に対し、全身及び気道熱傷、胸部外傷の傷害を負わせ、これに基づく肺浮腫、心不全により、同日午後四時、新潟県上越市東雲町一丁目七番一二号新潟労災病院において同人を死亡するに至らしめたほか、別紙第一記載のとおり、万場正雄(当時二七年)ほか一六名に対し、加療約五日ないし三一一日を要する各傷害を負わせ、別紙第二記載のとおり、右第二工場内第一塩倉庫ほか二八棟の人が現在し、又は他人の所有にかかる人が現在しない建造物を損壊し、別紙第三記載のとおり、同市市之町四九番地の一日本ステンレス加工運輸株式会社事務所ほか一九一か所のシャッター、サッシ、窓ガラス等を損壊して公共の危険を発生せしめ、右爆発後、粗VCタンク付近の建造物に引火させ、別紙第四記載のとおり、塩ビモノマー工場ほか七棟(合計約六、三三三平方メートル)の人が現在し又は他人の所有にかかる人が現在しない建造物を焼燬したほか、別紙第五記載のとおり、モノマー工場付近に貯蔵されていた塩ビモノマーほか六種類の製品及び半製品を焼燬して公共の危険を生ぜしめたものである。

第三、証拠の標目《省略》

第四、争点に対する判断

検察官は、被告人らの過失を次のように主張する。すなわち、被告人岩﨑は、本件吸入弁がその弁座に損傷をきたしてバルブとしての完全な閉止機能を失うことがあり、その結果吸入弁から液化塩ビモノマーが大気中に漏出すると火源に触れて爆発事故を起こすおそれがあったのであるから、本件ストレーナーの点検・清掃作業にあたっては、「安全標準動作」に定められた作業手順を守り、ストレーナー内部に液化塩ビモノマーがなくなった後でなげればストレーナーの蓋を開いてはならず、また吸入弁から液化塩ビモノマーが漏出しているのを発見した場合は直ちにストレーナーの蓋を閉じて組長に報告しその指示を得て対策を講じる義務があったのであり、さらに、吸入弁の増締めをする際バルブが破損してその閉止機能を喪失するに至ることがあるのであるから、増締めにあたってはもとより適切な大きさのハンドル回しを用いるべきであり、不当に大きなハンドル回しを使用するなどしてバルブに過大な力を加えることによりこれを破損させることのないよう慎重な作業をすべき業務上の注意義務があったにもかかわらずいずれもこれを怠ったものであり、また、被告人刀祢館及び同阿部は、ストレーナー吸入弁の弁座に損傷をきたしてバルブとしての完全な閉止機能を失うことがあるのに、作業員がストレーナーの点検・清掃にあたってその内部に液化塩ビモノマーが残存しているままストレーナーの蓋を開いて作業をし、その際、吸入弁の弁座に損傷をきたしているのを弁座に異物が挾まっているものと誤信して増締めをし、その場合に、大きさの不適切なハンドル回しを用いるなどしてバルブを破損させるおそれがあったのであるから、毎年三回実施する機器配管類の定期自主検査の際には吸入弁の内面について目視検査をすることにより右吸入弁の弁座の損傷を事故の発生前に発見し、また、粗VCタンクの出口に元バルブ等の安全装置を設けることによりバルブの損傷・破損等による事故に備え、さらに、日頃から作業員に対して、作業中にバルブからの液化塩ビモノマーの漏出を発見した場合には直ちにストレーナーの蓋を閉じたうえ、上司に報告して対策について指示を受けること、並びに作業に使用するハンドル回しの大きさの選定及び使用方法について適切な指導と十分な安全教育を行うことにより事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があったにもかかわらずいずれもこれを怠ったものである旨主張する。

これに対し弁護人らは、被告人ら三名については、吸入弁がその弁座に損傷をきたしてバルブとしての閉止機能を一部なりとも失うことがあるということ、さらに、吸入弁の増締めの作業中にバルブが破損してその閉止機能を喪失するに至ることがあるということを全く予見することができなかったものであり、また被告人刀祢館及び同阿部については、作業員がストレーナーの点検・清掃にあたってストレーナーの蓋を開けたまま吸入弁の増締めを行い、その際に大きなハンドル回しを用いるなどしてバルブを破損させるほどの力を加えることがあるということについて、全く予見することができなかったものである旨被告人らの各予見可能性を否認し、検察官の主張するような各結果回避義務を被告人らに課すことはできない旨争うので、以下順次検討する。なお、検察官主張の各過失を認めるについては、以上の諸点のほかに、吸入弁が破損してその閉止機能を失うと必然的に粗VCタンク内の液化塩ビモノマーが大気中に噴出して爆発事故を起こすおそれのあることについても予見可能性を必要とするところ、この点については、被告人岩﨑及び同阿部の十分認識していたところであり、被告人刀祢館においても予見が可能であったことについてほぼ争いがなく、前示の塩ビモノマー製造過程及びその性質に照らしてこれを認めることに何ら問題はない。

一、予見可能性について

(一)  吸入弁がその弁座の損傷によりバルブとしての閉止機能に欠陥を生ずることについての予見可能性

1、前掲証拠によれば、本件吸入弁は、鋳鉄製・耐圧一〇キログラム・配管接続部の直径八〇ミリメートルのフランジ形玉形弁(三インチバルブと称する。別紙図面二参照)で、弁体と弁箱にそれぞれドーナツ型の一三クロムステンレス鋼製弁座が使われているところ、右弁体の弁座には幅一・六ないし二・九ミリメートル、深さ〇・二ないし〇・四ミリメートルの、また弁箱の弁座には幅一・二ないし二・四ミリメートル、深さ〇・二ないし〇・四ミリメートルのいずれも溝状の損傷が存在し、さらに、双方の弁座の表面には無数の小穴(孔蝕)の存在が認められるのであるが、右の溝状の損傷ができた原因については必ずしも明らかではない。すなわち、《証拠省略》並びに証人加藤久男及び同坂田八昭によれば、右の損傷は、孔蝕が繋がってできたもののように推定するものであり、また右各証人らは、吸入弁内部の流体である液化塩ビモノマーによる浸蝕(エロージョン)による可能性もあるとするのであるが、同証人らは必ずしも腐蝕についての専門家ではないところ、長年腐蝕の研究に従事してきた証人小林未子夫は、右の孔蝕は塩素イオンの作用によるものであると推定し、しかるときは孔蝕の生成過程で、孔内において金属がイオン化するアノード反応に対応してその周辺の金属の表面に強力な防蝕性のある被膜を形成するカソード反応が起こるため、孔蝕によって生じた小穴が相互に繋がることはなく、現に溝の中にも多数の孔蝕が存在することからも孔蝕の繋がりによるという考えは否定されるのであり、また、吸入弁内部の液化塩ビモノマーの流速及び吸入弁の開閉状況にかんがみてエロージョンによる可能性も薄いとし、現在鑑定してみても爆発、消火時の高熱及び冠水により焼きが入って金属の結晶構造が変化している可能性があり、その原因を解明することは困難であるというのである。

2、しかしながら、前掲証拠によれば、バルブの弁座にできた溝状の損傷の原因が何であれ、このようにバルブの弁座に損傷ができることによりバルブの閉止機能が不完全となり、流体が漏れ出すことは、前記直江津工場において管理職及び作業員らのすでに経験し、予見していたところであることが認められる。すなわち、モノマー工場担当の作業長越村常勝は、以前、ストレーナーの点検作業中、本件吸入弁か吐出弁のいずれかから、増締めをしてもなお液化塩ビモノマーの漏出が止まらない旨の報告を受けてこれを取り替えた経験を有するほか、どのバルブか不明ではあるが、バルブの開閉による接触部分の疲労が原因と思われる傷がバルブの弁座面にあるのを発見したことがあり、モノマー工場担当の組長中村一郎も、事故の約三年前に本件吸入弁かあるいは前記使用中止中の吸入弁のいずれかの閉止機能が不完全となったため取り替えられたことを聞いているほか、同じく組長長谷川実は、脱アセチレン塔関係の二インチバルブについて、バルブから流体が漏出していたため盲板で密閉してこれを止めた経験を有する。また、信越化学本社塩化ビニル事業本部長室長小柳俊一及び合成第一課補修工場組長上野忍は、バルブの故障の一つとして弁座面が損傷してバルブとしての閉止機能を失うことを挙げており、同工場ではこれらの知識、経験等からバルブの弁座に損傷をきたすなどしてバルブの閉止機能が完全ではなくなることがあることを予想し、後記のとおり、毎年三回実施される同工場の定期自主検査において、本件吸入弁を含む要所毎のバルブを閉止してその間の配管に高圧の窒素ガスを封入したうえ、圧力の低下の有無によってバルブの閉止機能が完全に働くか否かをテストしていたものであって、以上によれば、被告人ら三名においても、吸入弁がその弁座に損傷をきたしてバルブとしての完全な閉止機能を失うことのあることを予見できたことは明らかであるといわなければならない。

なお、弁護人らは、前記のとおり、吸入弁の弁座に溝状の損傷のできた原因が明らかではなく、本件事故当時、被告人岩﨑が吸入弁を増締めした際弁座に挾っていたスケールが押し潰され、それによって生じた打痕である可能性も否定できないので、被告人ら三名には右損傷について予見のできるはずがない旨主張するが、後記のとおり、被告人岩﨑が吸入弁からの漏出を止めるため長さ約三〇センチメートルのハンドル回しを用いて増締めしたのにハンドルは全く動かなかったこと、及び、前記のとおり、弁座に生じた溝の内部にも多数の孔蝕が存在することにかんがみ、吸入弁の右損傷が本件事故時に生じたものとはとうてい考えられないので、弁護人の右の主張は失当であるというほかはない。

(二)  吸入弁が破損することによりその閉止機能を喪失することについての予見可能性

1、前掲証拠によれば、本件吸入弁は、素手による開閉操作を前提とし、ハンドル(ハンドルの手輪部)に三〇キログラムの力を加えることによって閉止できるように設計されているが、人の力の最高限度を約六、七〇キログラムとみてその四倍以上の力にも耐え得るように安全性が考慮されているものであり、破断したヨーク部分(ボンネット)の破断面からみて材質的な欠陥も認められないものであるところ、《証拠省略》によれば、このように何らの欠陥もない鋳鉄製三インチバルブについて、被告人岩﨑が本件事故当時使用した長さ約五五・五センチメートルのハンドル回しを用いた場合、ハンドル回しの柄の端に五一・八キログラムの力を加えることによってヨーク部分が破断するに至るものであり、本件事故後に信越化学直江津工場において、同種のバルブを用いて実験を行った際にも、右のハンドル回しを利用して挺子とした場合にはさして強い力を加えなくともヨーク部分等の破断するに至ることが確かめられた。

2、弁護人らは、このようにバルブが容易に破損してその閉止機能を失うに至ることは本件事故によって初めて分ったことで、事故前には想像もできなかったことである旨主張するのであるが、前掲証拠によれば、合成第一課係長代理牛木将義は、アセチレン関係の鋳鉄製バルブをハンドル回しを用いて増締めした際、バルブのボンネットとハンドルの間を折ってしまった経験を有し、その他、合成第一課内で、ハンドル回しの使用によって、バルブの閉止機能を失わせるに至らないまでも、バルブの開閉を不能にするような弁棒のねじ切り、ねじ曲げ、ハンドルの破損などの事故やスチーム用バルブについて冬期に内部の水が凍結してボンネットを破断した事故の経験も有していたことが認められ、これらによれば、右の事故例がスチーム弁の凍結によるものであるからといい、あるいは直ちにバルブの閉止機能を失わせるものでないからといって、右の破損部分と同一の材質でできているヨーク部分等がハンドル回しで力を加えられることによって破損し、バルブとしての閉止機能を失うに至ることなどないものと考えるのは、被告人らが、その性質上一歩誤まれば重大な爆発事故の起きるおそれの大きい塩ビモノマーの製造の管理をし、あるいはその製造に従事する立場にある者であることに徴してみると、とうてい合理性が認められず、首肯できないところである。前記のとおり、本件吸入弁はもともと素手による開閉操作を前提として作られているものであるところから、ハンドル回しはバルブの付属品などとしてついていたものではなく、作業員らが古くから作業上の必要に応じて考案し使用していたものにすぎないことは証拠上明らかであるところ、合成第一課の作業員の中には、後記のようにハンドル回しの使用についてその危険性をさほど意識していなかった者も少なくない反面、その使用については慎重に意を用い、比較的小さい本件三インチ吸入弁については力を加え過ぎないように小さなハンドル回しを使っていた者もまた少なくないこと、組長田中努は、前記の長さ約五五・五センチメートルのハンドル回しを一〇ないし一二インチのバルブに使用していた作業員に対し破損のおそれがあるとして力を入れすぎることのないように注意した事実のあることも認められるところであって、以上によれば、ハンドル回しを使用して吸入弁の開閉操作を行う作業に従事し、またそのような作業の実情を知りあるいは知るべき立場にあった被告人らにおいて、力の加え方いかんによってはバルブが破損し、閉止機能を喪失するに至ることがあるということについても予見できたものであるといわなければならない。

(三)  作業員がストレーナーの点検・清掃にあたってその蓋を開けたまま吸入弁の増締めを行い、バルブを破損させるほどの力を加えることがあることについての予見可能性

前示のとおり、本件ストレーナーの点検・清掃作業にあたっては、「安全標準動作」により、ストレーナーの外壁に着いた霜が解けてからその蓋を開けるように指示されているところ、前掲証拠によれば、通常この作業手順は守られていたことが認められるものの、本件ストレーナー同様内部に液化塩ビモノマーが流れているいわゆるP送りストレーナー(精VCタンクと重合工場の間に存在するストレーナー)及び還流ストレーナー(脱アセチレン塔付近に存在するストレーナー)の点検・清掃作業においては、時に重合工場の都合等で作業を急がされることがあり、ストレーナー内部に液化塩ビモノマーが残存してその外壁に霜が着いている場合であってもこれを意に介さず、「安全標準動作」の指示に反してストレーナーの蓋を開け作業をすることも少なからずあったことが認められるのであって、ストレーナーの点検・清掃作業に慣れるに従い、ことにまた、たまたま、当時、前示のとおり、本来二系列あるストレーナーの一系列が使用中止となっていて、一方の点検・清掃中に他方を利用して操業を継続することができない状態であったため、その間の操業停止状態を少しでも短縮しようと考えて、作業員が前記のP送りストレーナー及び還流ストレーナーの点検・清掃作業と同様、ストレーナーの外壁に着霜があって内部に塩ビモノマーが残存している場合であっても、その量が少ないことに気を許して蓋を開ける危険性は多分に存したものといわなければならない。

また、各バルブはもともと素手による開閉操作を前提として作られていたところ、バルブの錆付き時の操作及びスケールの挾まりを押し潰すための増締め等に便利であることから作業員らが古くからハンドル回しを考案して使用していたものであり、本件事故当時、モノマー工場の計器室入口の壁に前示の長さ約三〇センチメートルのもの(小さい方から数えて二番目の大きさのもの)及び長さ約五五・五センチメートルのもの(大きい方から数えて二番目の大きさのもの)を含め、五種類の鉄製ハンドル回しが掛けられてあったが、どのバルブについてどのハンドル回しを用いるべきか、あるいは使用にあたっていかなる点に注意すべきかなどについては何らの定めもなく、各作業員らはこれに関して全く教育を受けず、いわば見様見真似で使用していたこと、そのため、前記のとおり、ハンドル回しを用いることによってバルブを破損するおそれのあることを意識してその使用については慎重な態度をとっていた作業員も少なくない反面、前記の長さ約五五・五センチメートルの大きなハンドル回しで三インチの小さなバルブを増締めするなど必ずしもその危険性について十分な配慮をしていなかった者もまた少なくないこと、その結果、前記のとおり、弁棒のねじ切り、ねじ曲げ、ハンドルの破損などの事故が発生していたことも認められる。

被告人刀祢館及び同阿部は、右のような作業の実態を把握していなかったので前記の点についての予見可能性がなかった旨主張するのであるが、第二工場における保安責任者、安全管理者及び環境保安管理者である被告人刀祢館、合成第一課における作業主任者及び環境保安管理者である被告人阿部の両名には、それぞれその職責にかんがみてこれら作業の実態を把握すべき義務のあったことは明らかであり、右の各責任を有する者として現実に作業員のストレーナー点検・清掃作業を見て回り、あるいは作業長、組長から説明を受けるなどして右の諸点についての実態を把握することは容易であったのであるから、その実態を知らなかったからといって、前記の点についての予見可能性を否定することはできないものといわなければならない。

二、結果回避義務について

(一)  被告人岩﨑の結果回避義務

被告人岩﨑について前記の各予見可能性が認められるところ、同被告人は、本件ストレーナーの点検・清掃作業にあたり、工場において定めた「安全標準動作」の指示する手順を守り、何よりもまずストレーナー内部に液化塩ビモノマーがなくなるまでストレーナーの蓋を開くべきでなく、また、吸入弁から液化塩ビモノマーが漏出しているのを発見した際、長さ約三〇センチメートルのハンドル回しを用いて増締めしてもハンドルが全く動かず、漏出も止まらなかったのであるから、スケールの挾み込み以外の原因による漏出の可能性についても思いを致し、あくまで増締めによって漏出を止めようと考えることなく、直ちにストレーナーの蓋を閉めて上司である組長に報告しその対策について指示を受けるべきであり、さらに、吸入弁の増締めにあたっては、バルブに過大な力を加えてこれを破損させることのないよう適切な大きさのハンドル回しを用いて慎重に行うことにより、吸入弁の破損に起因し液化塩ビモノマーの噴出によって発生した本件爆発事故を未然に防止すべきであったことは明らかである。

しかるに同被告人は、前示のとおり、作業を急ぐあまり、ストレーナー内部に未だ液化塩ビモノマーが多量に残存している状態のままその蓋を開け、また、吸入弁からストレーナーの中に液化塩ビモノマーが漏出しているのを発見して前記のとおり一応の増締めをし、なお漏出が止まらなかったのに、上司に報告することなく、さらに、不当に大きな長さ約五五・五センチメートルのハンドル回しを用いて強い力で増締めをしたことにより、吸入弁のヨーク部分を破断させて大量の液化塩ビモノマーを噴出させ、本件爆発事故を惹起せしめたものであるから前記の諸点について注意義務違反の存することは多言を要しないところである。

なお、検察官は、被告人岩﨑としては、吸入弁から液化塩ビモノマーが漏出しているのを発見した時点で直ちに上司に報告して指示を受けるべきであった旨主張するが、作業員において、その場の具体的状況に応じて通常の方法による一応の措置を講ずることまでも一切許されないものと解すべき理由はなく、被告人岩﨑において、吸入弁から液化塩ビモノマーが漏れ出しているのは経験上バルブの締め不足かスケールの挾み込みによることが多いことから、前記の長さ約三〇センチメートルのハンドル回しを用いて一応の増締めを試みた措置に対しては、右ハンドル回しの使用と本件事故との因果関係についての立証がない以上、非難を加えることができないところであるといわなければならない。

また、弁護人らは、「安全標準動作」は作業についての基準を示したものであって、その応用・修正を許さないものではなく、本件当時のようにストレーナーが一系列しかない状況のもとにあっては操業停止状態を少しでも短縮するためストレーナーの外壁に着霜していてもその蓋を開けて点検・清掃作業をすることが許されるべきであるし、被告人岩﨑は長さ約五五・五センチメートルのハンドル回しで増締めをしたが、その際、決して強い力でハンドルを回したわけではない旨主張するが、右作業にあたって「安全標準動作」に定められた事項のうち、防塵眼鏡の使用等作業手順に属しないものについてはともかく、操作もしくは手順を誤れば相当量の液化塩ビモノマーが大気中に放出される結果を招くような重要な部分については、塩ビモノマーの爆発性混合気となり易い性質にかんがみて、本件のごとき爆発事故を避けるため最大限の考慮を払うことが要請されるのであって、操業停止状態を短縮するためなどという理由によってその手抜きが許されるものとはとうてい認めることができない。また、前記のとおり、本件吸入弁は約三〇キログラムの力を加えることによってこれを閉止することができるものであるにもかかわらず、被告人岩﨑は前示のハンドル回しで約五二キログラム以上の力を加えたものであるところ、同被告人がこれより先に小さなハンドル回しで増締めしたのにハンドルが全く動かなかったため、さらにより大きな力を加えるべく前示の大きなハンドル回しを用いるに至った経緯にかんがみると、その際、力を入れて増締めすることのみに気を奪われてバルブの破損のおそれについては全く注意を払わず、とくに手加減もせずに強い力を加えたものであることは容易に推認することができるのであって、弁護人らの右主張はいずれも理由がない。

(二)  被告人刀祢館及び同阿部の結果回避義務

本件爆発事故は、前示のとおり、直接的には被告人岩﨑の過失行為によって発生したものであるが、当裁判所としては、被告人刀祢館及び同阿部においても、保安責任者あるいは安全管理者としての職責上、この爆発事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務が課せられていたものであって、この点についての検察官の主張は、吸入弁の内面目視検査義務に関する部分を除き、全面的にこれを肯認すべきものと考えるので、以下その理由を説明する。

1、吸入弁の内面目視検査義務について

検察官は、信越化学直江津工場においては、毎年三月、七月及び一一月の三回工場設備について自主検査を実施することとなっており、昭和四八年七月に実施した定期自主検査の際に本件吸入弁を解体したうえその内面について目視検査を実施していたならば前記吸入弁の弁座にみられる溝状の損傷を発見し得たはずであり、したがって本件事故は回避することができた旨主張する。

しかしながら、前記のとおり、本件吸入弁の弁座面にみられる損傷の成因については必ずしも明らかではなく、またそれが生じた時期も不明というほかはないところ、《証拠省略》によれば、信越化学直江津工場においては、本件爆発事故の発生した第二工場だけに限っても数千個のバルブが存在し、それら全部について解体のうえ内面の目視検査をするのは実際上不可能であることから、流体に塩酸の含まれているバルブ等とくに腐蝕のおそれのあるバルブについては解体目視検査を実施し、そのようなおそれのない一般バルブについては、要所毎のバルブを閉止してその間の配管に高圧の窒素ガスを封入したうえ、圧力の低下の有無によってバルブの閉止が完全であるか否かをテストしていたこと、本件吸入弁については、流体である塩ビモノマーが中性であって一般に腐蝕性を有しないところから内面目視検査を実施したことはないけれども、昭和四八年七月の定期自主検査の際、吸入弁と脱アセチレン塔の入口弁を閉じてその間の配管を密閉したうえ、内部の塩ビモノマーを窒素ガスに置換してこれに一平方センチメートル当り六・六キログラムの圧力を加え、右の各弁で遮断された操業停止時における液化塩ビモノマーの圧力・一平方センチメートル当り約四キログラムとの間に差を設けて右窒素ガスの圧力が低下するか否かをテストしており、その結果によると圧力の低下はなく、従って、当時吸入弁の弁座から塩ビモノマーの漏出はなかったものであることがそれぞれ認められるのであって、以上の諸事実に照らして考えるならば、被告人両名の関係する第二工場としては、バルブから塩ビモノマーが漏出しているか否かを発見するための検査に相応の努力をしていたものと認めるべきであり、他に方法がない場合にはともかく、後記のような安全装置を施し、かつ徹底した安全教育を実施することにより、吸入弁が損傷してバルブの閉止機能に欠陥を生じたとしても、液化塩ビモノマーの噴出による爆発事故の発生は、これを避け得べきものである以上、第二工場が吸入弁の内面について目視検査を実施しなかった点をとらえて被告人両名に過失があるということはとうてい是認することができないのである。

2、安全用バルブ等の設置義務並びに液化塩ビモノマー漏出時の措置及びハンドル回しの選定、使用方法等についての安全教育義務

(1) 前掲証拠によれば、本件粗VCタンクは直径一・九メートル・長さ一一・二メートル・容積三〇立方メートル(塩ビモノマーにして約二八トン)の巨大な円筒形タンクであって、同タンク内を流れる液化塩ビモノマーを引き続き脱アセチレン塔へ押し上げる装置であるケミポンプを有効に作動させるためその前段で一定量の液化塩ビモノマーを溜める必要があって設置されているものであるが、このタンクより後段の製造過程にトラブルが生じた場合に流れてくる塩ビモノマーをここで止める機能をも併せてもたせてあることから、現実の容量に一定の余裕を保たせておく必要もあり、本件事故当時の昭和四八年ころは、タンク内の液化塩ビモノマーを通常二・五プラス・マイナス〇・五立方メートルの範囲内に止めるよう指定されていたこと、しかしながら、右の指定は当時の塩ビモノマーの生産量が月産にして約一、〇〇〇ないし一、五〇〇トンであることを前提にしてなされていたもので、月産約六、〇〇〇トンであった昭和三〇年代にはこれが一〇プラス・マイナス三立方メートルとされていたこともあり、必ずしも絶対的な数値ではなかったこと、たまたま本件事故の直前である昭和四八年七月ころから塩酸とアセチレンの合成反応率が低下して不良の精VCが生産されてくるようになり、第二工場でその対策を検討した結果、同年九月ころ、精VCタンクから逆に粗VCタンクに通じる配管を新たに設置して右の不良精VCを粗VCタンクにもどし、再度本件ストレーナーを通じて脱アセチレン塔へ送り精溜することとし、そのため粗VCタンク内の塩ビモノマーの量が増加して一五立方メートルに達することもあったこと、このように粗VCタンク内の塩ビモノマー量が増加していたため、さらにこれが増加するのを避けるべく、同年一〇月八日及び一八日のストレーナー点検・清掃作業を控えたにもかかわらず、本件当日も相当多量の塩ビモノマーが溜まっていたこと、被告人刀祢館及び同阿部は、右のように粗VCタンク内には常にかなり多量の液化塩ビモノマーが溜められていること及び不良精VCの生産により塩ビモノマーを粗VCタンクへもどすこととしたため本件事故当時には一層多量の塩ビモノマーが粗VCタンクに溜まる結果となっていたことを熟知していたことがそれぞれ認められる。

(2) このように、粗VCタンク内には前示のとおり極めて危険性の高い液化塩ビモノマーが常時大量に溜められているところ、これに引き続くストレーナーが一〇日に一度の頻度で点検・清掃され、その度に本件吸入弁がハンドル回しによって開閉されるのであって、その際本件のごとく、ストレーナーの蓋を開けたままの状態で作業員がハンドル回しの誤操作によって吸入弁を破断させてしまえば、多量の液化塩ビモノマーが大気中に噴出して重大な爆発事故を起こすに至ることはまことに明白であるといわざるをえないのであるから、粗VCタンクと吸入弁の間の配管に、タンクからの液化塩ビモノマーの流れを遮断するための安全用のバルブないしは緊急遮断装置を設けておくことが是非とも必要であり、同時に作業員に対しては、ストレーナーの点検・清掃中に吸入弁からの液化塩ビモノマーの漏出を発見し、作業員としての通常の応急措置を講じてもなお漏出が止まらない場合には、ストレーナーの蓋を閉じたうえ上司にこれを報告し対策について指示を受けること、並びに作業に使用するハンドル回しの大きさの選定及び使用方法などについて普段から適切な安全教育を行う必要性が十分認められ、かつ、これを実施することによって本件爆発事故の発生は確実に避けられたものということができる。

(3) ところで、前示のとおり、被告人刀祢館は、第二工場長として同工場における保安責任者及び安全管理者に任ぜられ、工場内における高圧ガスに関する危害を予防する権限と責任を有していたものであり、被告人阿部は、合成第一課課長として同課における作業主任者及び保安管理者に任ぜられ、課内において右同様の権限と責任を有していたものであって、被告人両名のこれら重大な職責にかんがみるならば、両被告人は、本件のごとき事故の発生を未然に防止するため万全を期すべく、工場内における設備・装置の安全管理と作業員に対する安全教育の両面にわたり、細心にして綿密なる施策を要請される立場にあったものであって、前記の結果回避のための措置を講ずべき義務を負っていたものであることは明らかである。

なお、弁護人らは、検察官が被告人両名の過失の内容として、粗VCタンクの出口に元バルブ等を設けるべきであったのにその措置を怠ったものである旨主張している点をとらえて、本件粗VCタンクは貯槽ではなく、内容物が常に流動している受槽であるから一般的に元バルブは必要ではなく、そもそも本件吸入弁が元バルブ的な機能を有しているのであって、これに加えてさらに元バルブを設置すべき義務はない旨争うのであるが、公訴事実の記載全体及び検察官の釈明によれば、検察官は、本件粗VCタンクと吸入弁の間を遮断すべき安全装置の設置義務違反を訴因として主張していることが明らかであり、前示のとおり、ストレーナー吸入弁までの距離が短かいことから粗VCタンクに近接して設置すべきバルブの趣旨で元バルブなる用語を用いているのであって、この点は畢竟右の安全装置の呼び方の問題にすぎないのであるから、弁護人らの右の主張は理由がない。

また、弁護人らは、かりに右安全装置としてのバルブを設けていたとしても、吸入弁が破損して内部の液化塩ビモノマーが噴出する勢いは手のつけられないほど凄まじく、右バルブを閉じて噴出を食い止めることはできない旨主張する。しかしながら、もし、右のごとき安全用バルブがあれば、吸入弁を閉じる前にまずこれを閉める手順となる旨供述する作業員もいるところ、本件事故の場合に即して考えてみても、被告人岩﨑において前示の長さ約五五・五センチメートルのハンドル回しを使用する前に安全用バルブを閉じる行為に出たであろうことは推測するに難くないところであって、弁護人の前記主張はいずれにせよ理由がないというべきである。

三、以上に説示したとおり、被告人ら三名は、いずれも、本件爆発事故に関し、結果発生の予見が可能であり、これを未然に防止すべき業務上の注意義務を負っていたにもかかわらず、その回避措置を怠ったものであるから、業務上の過失責任を免れないのでる。

第五、法令の適用

被告人三名の判示各所為中業務上過失致死傷の点はそれぞれ刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、業務上過失激発物破裂の点はそれぞれ包括して刑法一一七条の二前段、一一七条一項、一〇八条、一〇九条一項、一一〇条一項、罰金等臨時措置法三条一項一号、業務上失火の点はそれぞれ包括して刑法一一七条の二前段、一一六条一項、二項、一〇八条、一〇九条一項、一一〇条一項、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、以上は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条によりいずれも一罪としてその刑期及び犯情の最も重い田中努に対する業務上過失致死罪の刑で処断することとし、所定刑中それぞれ禁錮刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人三名をそれぞれ禁錮一年に処し、情状により同法二五条一項を適用して、被告人三名に対し、この裁判確定の日からいずれも二年間その刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文によりその三分の一ずつを各被告人に負担させることとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三好清一 裁判官 白木勇 浅香紀久雄)

〈以下省略〉

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